ページの表題 循環要因と企業の過剰反応         トップページへもどる

−流行予測 1段目−

シリコンサイクルと贅沢シニアマーケットサイクル

森田洋一です。市場が変わる原因を私は循環要因と特定要因に分けています。時間がたつともとへもどるのが循環要因、もどらないのが特定要因です。 短期でみると循環要因が流行のほとんどを起こしています。普通に「○○が流行っている」と言うときの流行は、おおかた循環要因だけで説明できます。
 
突発的な特定要因もありますが、そのうち強力なものは、アメリカ合衆国大統領の心変わりや、戦争、伝染病、自然災害のような大事件ですから、そうしょっちゅうあるわけではありません。ですから、数ヶ月、数年の短期の変化を考えるときは循環要因のほうが特定要因よりはるかに重要になります。
   
戻る流行と戻らない流行を区別しようそれに比べて、数年より数十年、数十年より数百年と、より長期のトレンドを考えるときは、特定要因のほうが重要になってきます。循環要因は、しばらくすると元へもどりますから、その影響も長期間では消えます。例外は、新しく定番になって残ったものだけです。ダラダラ型の特定要因は同じ傾向がしばらく続きますので、短期では小さな変化でも時間の経過とともに積み重なって、長期間では大きな変化になります。
 
大企業などの組織では、上に立つ人ほど、ずっと先を見越した判断が要求されます。現実にはそんな仕事ばかりじゃありませんが、設備投資やビジネスモデルの変更など、上に立つ人でなければ
   
できないような決断は、たいていずっと先まで考える必要があります。

じゃぁ、時間がたつともどってしまう循環要因は部下が考えればいいことで、トップの人間は、長期間で観察するほど大きく影響する特定要因だけを考えていればいいのかというと、そうではありません。たとえば、設備投資を考えてみましょう。トップの人間が設備投資の決断をするときは、かなり先の市場の変化まで読むべきですし、読んで当然です。大金を使って設備を作ったのに、稼動させる前に、売るべきお客さんがいなくなったのでは困ります。せめて、借金を返し終わるまでは売れて欲しいものです。

だったら、短期的には大きく変動するものの、長期では元に戻ってしまう循環要因よりも、長期間
 
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−流行予測 2段目−
同じ方向を向くことが多い特定要因のほうが大事になることが多いのではないでしょうか。「考えるべき」「考えて当然」といえばそのとおりでしょうね。でも現実の社長さんや事業部長さんはそうしていません。たとえば、大手電気メーカーの幹部が、もし本当にそういう発想で行動しているのなら、2年ぐらいで、過剰生産と過少生産を繰り返すシリコンサイクルなんか発生するわけがありません。実際は、1年たらなきゃ強気、2年続けてたらなきゃ超強気、1年あまれば弱気、2年続けてあまれば超弱気という、あなたや私と同じ発想で行動しています。半導体は長期にわたって成長を続けていますし、装置産業ですので、設備投資は巨額ですが、ランニングコストは、量産するほど、1個当たりはタダに近づくという性格をもっています。それで、強気と弱気の差が他の分野と比べると極端に大きくなります。極端だというだけで、他の商品と違うことをしているわけではありません。
 
企業が設備投資をするときによくある
   
パターンはこうです。近頃わが社は景気がいい。商品さえあればもっと売れたのにという悔しい思いを何年も続けている。以前は、考えるだけで恐ろしかった設備の増強がだんだん怖くなくなってきた。ぐずぐずしていると他社に遅れをとってしまう。そこで、エイヤッと思い切って建設した。そしたら、新設備が稼動する前に、業界が不況になって、旧設備だけでも十分足りるようになった。新設備を作ってしまった手前メンツがあるから無理して稼動させたら、相場が底なしに崩れてしまい大損をした。似たような話はあちこちにありそうです。バブル崩壊以降の合繊メーカーにも、その典型的な事例がありました。
 
企業のトップが、長期的に考えて行動しなければならないのに、短期の変化に過剰反応してしまうのは、工場の設備投資だけではありません。ついこの間まで、マスコミがさかんに流していた報道に、「シニアマーケットが元気だ」というのがあります。これは次のような見方です。
   
「価格の高い贅沢品を高年齢層がジャンジャン買っている。プラズマテレビを買っているのはこの層だ。若い連中は、携帯通話料だ、就職難だ、リストラだと、金を使う気になれないことだらけなので高価なものを買わなくなったが、資産家の年金世代は財布の口がゆるんでいる。シニア市場はおいしい、…というわけで、各社いっせいにこのマーケットに参入している」。この話、以前にも聞いたことありませんか。95−96年ぐらいのことです。当時のマスコミも、今回とほとんど同じことを言っていましたよね。で、結果はどうなりましたか。「シニアマーケットをねらえビジネス」はほとんどが失敗でしたね。結果が出る前に、シニア層の財布の口が閉じてしまったんです。
 
何がいけなかったんでしょうか。シニアで贅沢品がジャンジャン売れているのなら、その方向にビジネスをシフトするのは当然です。問題は、その傾向がこれからもずっと続く、ダラダラ型の特定要因による変化だと錯覚して、全く新しいビジネスを
 
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−流行予測 3段目−
始めてしまったり、新たに投資をしたりして、簡単にはもどれないように、方向を変えられないようにしたことです。シニアが元気かどうかは流行だという発想がないんです。
 
消費者が高い贅沢品を買うかどうかは、収入や資産だけでは決まりません。経済学者や評論家は、収入や資産で購買性向を説明したり、消費の傾向で企業の利益を説明したり、企業の利益で勤労者の収入を説明したりと、説明のジャンケンポンをやります。でも、こういう経済の理屈だけで、それぞれの数字が決まるわけではありません。それぞれの数字は、個々の人間が判断して決めている金額の合計ですから流行なんです。全部とは言いませんが、流行で説明できる部分が間違いなくあるんです。
 
流行が表れるのは、ヤング(若年層)が先でシニア(高年齢層)が後です。渋ちんの流行が来たとき、先に渋ちんになるのはヤングです。
   
そのタイミングでは、シニアはまだ贅沢を続けていますので、ヤング市場を締め出された人達は、シニア市場にすがりつきます。でも、シニアの流行はヤングより遅れているだけですから、景気のいいのはその一瞬だけで、すぐにシニアも渋ちんになります。あるはずだと思っていた市場がいきなり消えるんですから、その上に乗っていた業者は、ダルマ落としのダルマのように落っこちてしまいます。
 
ある傾向が数年続いたら、それが終わる時期を意識しましょう。ダラダラ型の特定要因で短期の大変動は起こりません。短期間で膨らんだものは、しぼむ時もたいてい短期間です。
 
次に何が起こるかは若者に聞きましょう。流行はいつも、若者があなたより先です。あなたに息子や娘がいたら、頭を下げて教えを請うべきです。若いタイミングで動けば、そうしてないライバルより先に手が打てます。
   

高コスト高プライス店は 錯覚のたまもの

  
シニア市場の話で、贅沢品の流行と渋ちんの流行について述べました。これは消費者のサイフの口が開いたり閉じたりする流行です。消費者のサイフの口が開いているタイミングでは、みんなの金づかいが荒くなります。物の値段に対する感度も低くなります。安さにあまり反応しなくなりますし、値段が高くても抵抗感がなくなります。ここでは、高めの価格設定がビジネスで有利、低めの価格設定が不利になります。供給側では、当然それを歓迎する人のほうが多いのですが、一方で、価格の安さを武器にしている人たちのビジネスがやりにくくなります。
 
これも循環要因が起こした流行ですから、ずっと続くわけではありません。でも、ダラダラ型の特定要因が起こした変化だからずっと続くはずだと勘違いして、低コスト低プライスの店がよくおかすあやまちがあります。
 
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−流行予測 4段目−
消費者の価格感度も循環しているそれは自分の店の原則を崩して、「高コストこうプライス」を目指すことです。たとえば次のような具合です。
 
(チェーン店主独白)「昔と違って日本も豊かになった。家ん中は物であふれている。安くてもいらん物はいらないはずだ。だからこれからは価格一辺倒じゃだめだよな。安っぽい物がただ安いだけなんて飽きられてる。安さを強調するのはひかえて、納得価格でいこう。店の雰囲気を良くして、接客にも気を配らなければ」
 
日本が豊かになって物があふれているのは私も認めますが、それは私が子供だったころと比べた場合です。スーパーマーケットは産声を上げたばっかりで、商店街が福引セールをやると、景品欲しさにお客さんがわんさか押し寄せた時代と比べた場合です。
   
高度成長があったとはいえ、日本が豊かになるにはやはりそれ相応の年数がかかっています。昨年や一昨年と比べて、今年が特別に豊かだったり、物があふれていたりなんてことはありません。でも店主は、客が安さに反応しなくなったのが、特定要因による変化だと思っています。だから、簡単には戻せない方法で店を変えてしまうんです。次の渋ちんの流行が来て、お客様のサイフの口が閉まり、価格感度が再び上がると、お店は前のやり方に変えるべきです。ですが、一度「高コスト高プライス」になった店はなかなか元には戻せません。
 
お店には、変わりやすい方向と変わりにくい方向(片方向硬直性)があります。たとえば、低品質低価格のものから高品質高価格のものへ変わるのは簡単ですが、低品質低価格へもどすのはしんどいんです。仕入れの厳しさをゆるめるのは簡単ですが、元の厳しさへ戻すのは何倍も大変です。品揃えを充実させるのは楽しいですが、アイテムや品番の数を削るのはつらい。従業員を増やすより減らす
   
方が大変です。接客を重視するのに比べて、それをやめるのは何倍も勇気が要ります。チラシをカラー化するのは簡単ですが、1色刷りに戻すのはやっぱり怖い。ずっと使うつもりの内装にかけた金は、短期では回収できません。なによりも、振り出しに戻るのは自己否定になりますので、「発展、進化」よりも何倍もつらいんです。そんなこんなで、店はあまり元にもどらずに足踏みすることになります。その次に、高価格贅沢品の流行が再び来ると、ずっと続く特定要因による変化だとまた勘違いして、自店の原則を再び崩します。原則崩しの2回目です。そんなことを何回も繰りかえしているうちに、もとは低コスト低プライスの繁盛店だったところが、高コスト高プライスの元気のない店になっていきます。
 
昔、ダイエーが「主婦の店ダイエー」と言っていたころや、三越百貨店が「越後屋呉服店」という名を使い始めたころは、どちらもディスカウントストアでした。そのころは、今よりも信じられないくらい繁盛していました。
 
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−流行予測 5段目−
ダイエーの創業者である中内功さんは言っています。「歴史は繰り返すというが、かつて百貨店を追い詰めた我々スーパーが擬似百貨店化してしまったんですな。ユニクロやビッグカメラなどを見ると、あれが昔のダイエーやったんやなあと思いますな。マツキヨなんかダイエーそのものですね。食肉でも、鶏肉や豚肉を売らず牛肉に集中した。果物も昔はリンゴと台湾バナナしかなかった。単品大量販売を徹底していった。あの頃の創業精神があれば、こんなことにならなかったですな」(月間ボス05年3月号 針木康雄の人間動物園より)
 
最近、100円ショップで、何でも100円の原則を自ら破る動きがありました。ファーストリティリングが04年9月に「ユニクロは低価格をやめます」と脱安売り宣言をしました。アブナイアブナイ。
 
メーカーにしろ小売りにしろ、市場の変化やお客様の変化に合わせるのは当たり前のことで、そのことは別にかまいません。
   
ただ、それが、特定要因による、もう戻ることはない変化だと勘違いすることが問題なわけです。
 
こうした思考をしたがる理由は、前に話しましたように、特定要因は目に見えるから、それを使うと説明が楽だというのがあります。マスコミはもっぱらこれですね。もう一つの理由は、これからの変化を否定できるということです。これまで市場が変化してきたことは認めるから、これからの変化は堪忍してほしいという気持ちが、ビジネスをする側の本音としてあります。この変化が今回で最後であって欲しいんです。それには循環要因では困ります。それで、今の傾向がこれからも続く特定要因であると信じ込もうとします。ですから、市場の変化に過剰に反応してしまう人は、無視したがる人とは、やっていることが逆のように見えますが、その本音を比べると、市場がクルクル変わるのを嫌っているという点では五十歩百歩なんです。
 
ビジネスモデルを変えるときや設備投資を
   
するときのように、長期のスパンで考えて行動して、特定要因を重視すべき場合でも、現実にやっていることをみると、短期の変化に右往左往しています。短期に戻る変化と戻らない変化の区別ができていないんです。それができるようになるためには、循環要因を知ることが大事なのです。
 
低コスト低プライス店は、循環要因に過剰適応しているうちに高コスト高プライス店に変わって行くと、先ほど言いました。ということは、シニセ店は、低コスト低プライスが苦手だということです。あなたが新規参入を考えているのなら、低コスト低プライスから入ったほうが成功の可能性が高くなります。そのタイミングは、消費者の価格感度が上がった直後に参入するのがベストです。
 
 
05年8月30日、当ページに転載
 
次は「ラッピングの流行はもう終わり」
 
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