理詰めのトレンド予測 ウエブ版                                     トップページへもどる 目次へもどる
   第6章 [エレガンス]と[カジュアル]もしくは[束縛]と[自由]
      5 超話し言葉がヒットする
          文章にもカジュアルエレガンスの循環があります。
活字は過去の生き証人
  ファッションの話が続きましたが、〔自由・束縛〕の循環要因は、服飾だけに関係しているわけではありません。別の例として言葉の流行を考えましょう。
 
  以下の文は、作詞家の阿久悠さんが、日本経済新聞の「私の履歴書」に書かれたものです。
 「昭和四十五年に『白い蝶のサンバ』という型破りな詞を書き、これが予想に反して大ヒットしたため注目された。つづいて、『笑って許して』とか、『真夏のあらし』とか、『ざんげの値打ちもない』とかを書く。すべて売れる。
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この頃になってようやく、歌謡詞の常識や形式を崩してもヒットするのだと、自信が付いてきた。それまでは褒められることはあっても、あまり売れないに違いないと思っていたのである。」(2003年5月24日付より)
 「白い蝶のサンバ」が出た1970年1月は、「自由」の活性期です。思い出してみましょう。「自由」という循環要因を象徴する言葉には、「カジュアル」、「ドレスダウン*1」、「何でもあり」、「オキテ破り」、「非常識」、「無礼講」、「きたない」、「崩れている」「偽悪的」などというのがありましたね。ですから、阿久悠さんの一連のヒット曲は、「常識や形式を崩してもヒットした」のではなくて、「常識や形式を崩したからヒットした」のです。
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  もっとも阿久悠さんの「自由」はタイミングがかなり遅いので、当時の阿久悠さんのフアンはある程度年齢が上の男性だったのではないでしょうか。
  インターネットのメールの機能を利用して発行している雑誌に、メルマガ(メールマガジン)があります。
  メルマガは、発行が始まってから6年以上たつものと、この数年以内に発行されるようになったものでは、文体に違いが見られます。以前のものは、いかにも出版物という感じで、ハードカバーの本を読んでいるような文章です。新しいメルマガは、友人に話しかけているような感じです。若者が実際に携帯電話で打っているメールに近いくだけた表現になっています。
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――139――――第6章 「エレガンス」と「カジュアル」もしくは「束縛」と「自由」――――ファッション予測と流行予測、次へ
 

−トレンド予測 140段目−
  これは〔エレガンス・カジュアル〕の循環要因が「エレガンス」から「エレガンスとカジュアルの中間」に、さらに「カジュアル」へ変わり、メルマガ読者の支持を得られる文章が、より話しコトバに近いものに変わったことを反映しています。この変化はメルマガでなくても同じように起こっています。ただ、メルマガはメール形式で発信していますから文章だけの勝負ですし、読者数が1週間単位で一般に公表されているので、読者が支持する文体の変化が、他の活字媒体に比べより敏感に実際の文章に反映されています。
 〔エレガンス・カジュアル〕の循環に合わせて、人気の文体が変わっていくのは書籍も同じです。過去のベストセラーを見ると、「カジュアル」の時代には口語体が、それもかなりくだけたものがヒットしていますし、「エレガンス」の時期には文語体とまでは行かないまでも、少し硬めの文章のものが売れています。
  ただ過去といっても、古すぎるものは注意が必要です。たとえば、明治時代に書かれた「言文一致体」などは、現在の我々からみると口語体ではなくて、書き言葉ですよね。
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「何々である」の「である調」も、我々にとっては書き言葉です。それもかなり硬めな文章です。でも昔は話し言葉としても使われていたのですから、昔の人にとってはむしろ柔らかい文章だったはずです。まあ当時でも、友達や家族と話しているのと同じとまではいかなかったと思いますが、いまの「ですます調」ぐらいの感覚だったのではないでしょうか。   ですから、文章の硬さに循環があるといっても、その硬さの参照点そのものが、長い間には変化しているので、現在の私たちを基準に判定しようとすると循環が分からなくなります。
  今から3周期前の「自由」の活性期、1969年8月に中央公論より刊行され、ベストセラーになった小説に「赤頭巾ちゃん気をつけて」があります。作者は庄司薫で、第61回芥川賞を受賞し、多くの人に影響を与えました。
  書き出しはこうです。
 「ぼくは時々、世界中の電話という電話は、みんな母親という女性たちのお膝の上かなんかに乗っているのじゃないかと思うことがある。特に女友達にかける時なんかがそうで、どういうわけか、必ず『ママ』が出てくるのだ。
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もちろんぼくには(どなるわけじゃないが)やましいところはないし、出てくる母親たちに悪気があるわけでもない。それどころか彼女たちは、(キャラメルはくれないまでも)まるで巨大なシャンパンのびんみたいに好意に溢れていて、まごまごしているとぼくを頭から泡だらけにしてしまうほどだ
 現在の基準で見てもかなり文章がカジュアルですね。
  この「赤頭巾ちゃん気をつけて」の1周期後、つまり今から2周期前の「自由」では、椎名誠の出世作「さらば国分寺書店のオババ」(1979年11月、情報センター出版局より刊行)と「スーパーエッセイ、気分はだぼだぼソース」(1980年8月、情報センター出版局より刊行)が出ています。
  では「気分はだぼだぼソース」の書き出しを見てみましょう。
 「最近やたらと電卓がいろんなモノにくっつくようになった。
  腕時計に電卓を合体させて、ハイ、これはもう忙しい国際ビジネスマンに絶対の新兵器ですよ、と言いつつ小器用にボールペンの
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――140――――第6章 「エレガンス」と「カジュアル」もしくは「束縛」と「自由」――――ファッション予測と流行予測、次へ 

−トレンド予測 141段目−
先でカシャカシャと定期預金の利息計算などをやっている店頭セールスマンをこないだ発見。
 『時間』に『計算』をくっつける、というのは、まあいかにも誰もがまっ先に考え出しそうなことであった。
  だけど、よく考えると、時計と計算というのは実際にはあんまり関係ないのである。
 『エート、いま午後七時二五分だから、九時三〇分まで飲んでいるとして、だいたいどのくらいの正味時間になるのかな。そしてまたそれは、最終バスの何分前に駅に着くことになるのであろうか、右の問いに答えよ』
  などというようなことを言いつつカシャカシャと左手腕時計の下の電卓をはじくヒトというのがいたらおれはあまりお友達になりたくないもんね。

  
「気分はだぼだぼソース」と同じ2周期前の「自由」でベストセラーになった小説に「桃尻娘」があります。1981年9月に講談社文庫より発行されました。著者は、ベストセラーになった「上司は思いつきでものを言う」の橋本治さんです。
  桃尻娘は主人公の女子高生の話しコトバで
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書かれています。以下は書き出しの部分です。
 「大きな声じゃ言えないけど、あたし、この頃お酒っておいしいなって思うの。黙っててよ、一応ヤバイんだから。夜ソーッと階段下りて自動販売機で買ったりするんだけど、
  それもあるのかもしれないわネ。家(うち)にだってお酒ぐらいあるけど、だんだん減ったりしてるのがバレたらヤバイじゃない。それに、ウチのパパは大体洋酒でしょ、あたしアレ
  そんなに好きじゃないのよネ。なんていうのかな、チョッときつくって、そりゃ水割りにすればいいんだろうけどサ、夜中に冷蔵庫の氷ゴソゴソなんてやってらんないわよ、そうでしょ。やっぱり女の喉って、男に比べりゃヤワに出来てんじゃないの、筋肉が違うとかサ

  循環要因「自由」を象徴するキーワードは、「カジュアル」、「ドレスダウン」、「何でもあり」、「オキテ破り」、「無礼講」、「非常識」、「きたない」、「崩れている」「偽悪的」でしたね。「桃尻娘」のコトバは、それにピッタリ当てはまります。
  この1周期後、つまり今から1周期前の「自由」のときに出た料理本に、「ごちそうさまが、
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ききたくて。」(文化出版局)があります。1992年11月発行です。それまでの料理書は、気取っていてよそいきな感じのものが多かったのですが、この本は、自宅で、自前の食器で、主婦のやりくりを考えて、文章も話しかけるようにと、普段着感覚を強調しました。著者の栗原はるみさんは、この本がきっかけで大ブレークし、主婦のカリスマになりました。
 「ごちそうさまが、ききたくて。」には、126種類の料理の作り方が載っていますが、その1番目の料理「さばそぼろ」の書き出しの部分がこれです。
 「スプーンでさばの身をほぐす、というと、みんなエッと驚きますが、ザッザッとこそげるだけ
で、本当に簡単にくずれます。それにこの方法だと、中骨が残るから、食べたときの骨の心配もありません。あとは、野菜と甘辛く炒りつければ、さばそぼろのでき上り。
  下田の実家で、祖母がいたときから食べていたもの。自分でもしょっちゅう作るようになって、いつの間にか、うちのおかずといえば、真っ先にさばそぼろの名前が挙がるようになりました。お客様にも好評で必ず作り方をきかれます。お弁当にもおすすめです
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−トレンド予測 142段目−
  これと同じタイミングの「自由」の時に、200万部以上のベストセラーになった本に、永六輔さんの「大往生」があります。岩波新書で1994年3月に発行されました。当時は、シニア市場がまだ「自由」でした。
 「大往生」には永さんが集めた無名の人たちの言葉がたくさん載っています。当然話し言葉です。
 「『人間、今が一番若いんだよ。明日より今日の方が若いんだから。いつだって、その人にとって今が一番若いんだよ』 『歳をとったというけどさ。私は歳をとった覚えはないよ』
 『日本の高齢者問題なんですから、日本語でやっていただきたい』

  これは書き出しより少し入ったところの文章です。こういうコトバの間に、永さんの解説が入っています。
  そして現在です。これまでの数年間も自由の活性期でしたから、我々が実際に話している言葉に近い文章が人気になっていました。
  たとえば、新潮新書の「バカの壁」があります。2003年4月に出ました。これは「著者」の養老孟司さんが、編集者を相手に一人で話したことを
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活字にしています。もちろん、話し言葉をそのまま活字にしたわけではありませんが、もとがしゃべくりですから、かなりくだけた言いまわしになっています。
  2004年2月発売のベストセラー、「昭和史」(平凡社)も、著者の半籐一利さんがしゃべったことが本になりました。それで、書き下ろしではなくて語り下ろしといっています。
 「授業はときに張り扇の講談調、ときに落語の人情話調と、生徒たちを飽きさせないよう精々努めたつもりであるが、とにかく杜撰きわまりないおしゃべりがこのような堂々たる一冊になるとは思ってもみなかった。読めるような文章に全面的に仕立て直してくれた山本さんのおかげである」(508ページ「あとがき」より)
 「山本さん」とは編集者のことで、半籐さんは彼らを相手に語りました。
  こういう文章のカジュアル化は、もともと話し言葉に近い書き方をしていた分野でも起こっています。
 「サン・テクジュペリ作『星の王子様』の新訳が相次ぎ出版されたことは記憶に新しいが、
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他の児童書でもここ数年、新訳が話題だ。版権切れのほか、言葉遣いや用語が時代に合わなくなるなどの事情があるようだ。【大和田香織】」(2006年1月25日付毎日新聞13面11版より)
 「東京都内の自宅で『ロールパン文庫』を開く小松原宏子さん(45)は、児童文学誌『ネバーランド』で、子供の読書力低下の一因として、古くなった翻訳の問題を指摘し、反響を呼んだ。小学4年の娘の担任だった教師に『高学年でも低学年レベルの本が読めない』と嘆くと『この翻訳ではできないでしょう』と言われ気づいた。
  自身は子供のころ親しんだ訳を忘れられないが、『言葉は時代に合わせて変化する』という。『なじみのない言葉があると、今の子に受け入れられなかったり、ネガティブな印象を持つ場合もある。翻訳ものは、時代の感覚に合わせ変えられることが強み』と話す。
  娘と読み比べた『チョコレート工場』は子ども時代に読んでいないが、当時読んだ本と同じ香りや品位を旧訳に感じた。一方、新訳は『だれがそんなことを信じるものか!』が『信じられない!』になるなどスピード感があり、
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−トレンド予測 143段目−
娘に「一人で読むならどっち?」と聞くと、新訳を選んだ」(同) 
  翻訳が古くさくなるのは、じわじわと何十年もかかって起こる変化です。ところが新訳ブームは、ある時期にいきなり起こります。「香りや品位」を感じていた旧訳が「受け入れられなくな」り、「ネガティブな印象を持つ」ようになるからです。これまでは「自由」の活性期だったので、そういう変化が急激におこりました。それで新訳がブームになったわけです。
 
  文章がカジュアルなのかエレガンスなのかは、相対的なものです。あなたが書類などを作るときも、カジュアルの活性期には、その分野が持っている今までの常識に対して、相対的に話し言葉に寄せた表現を使いましょう。逆に、エレガンスの活性期なら、ビジネスの場で「ため口」をきくのは、書類でも厳禁です。
 
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*1 ドレスダウン 
 高級な服、上品な服を着崩すこと。
 
     
 
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目次 0 /
第1章 流行の原因には「特定要因」と「循環要因」の2つがある
1-1 / 1-2 / 1-3 / 1-4 /
第2章 「曲」と「直」で流行が変る
2-1 / 2-2 / 2-3 / 2-4 / 2-5 / 2-6
第3章 デザインの流行は「上比長」「下比長」に分かれる
3-1 / 3-2 / 3-3 / 3-4 / 3-5 / 3-6 / 3-7
第4章 「同一視」と「対立視」を知って流行を読む
4-1 / 4-2 / 4-3 / 4-4 / 4-5 / 4-6
第5章 「アリ型人間」と「キリギリス型人間」は交互に現れる
5-1 / 5-2 / 5-3 / 5-4 / 5-5
第6章 「エレガンス」と「カジュアル」もしくは「束縛」と「自由」
6-1 / 6-2 / 6-3 / 6-4 / 6-5 / 6-6 / 6-7 / 6-8
第7章なぜ、まったく同じ流行が起きないのか(3つの理由)
7-1 / 7-2 / 7-3 / 7-4
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――143――――第6章 「エレガンス」と「カジュアル」もしくは「束縛」と「自由」――――ファッション予測と流行予測、次へ