第1章 流行の原因には[特定要因]と[循環要]の二つがある
1 消費者の牛肉離れはBSEのせいではない
BSEが知られる前から牛肉は売れていません。
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以前、焼き肉店、牛丼チェーン、ハンバーガーショップなど、牛肉を扱う店が大苦戦をしてきました。どうしてでしょうか。「どうしてって、BSE*1(狂牛病)の影響をもろに受けたからだ。このことはテレビや新聞でも大きく取り上げられてきた」。このように思う人は多いはずです。 もし、そう考えたとしたら、あなたには牛肉が苦戦した原因の半分しか見えていません。 たったの半分です。 市場のトレンドが動く原因は、大きく分けて、 「循環要因」と「特定要因」の2種類があります。 牛肉が苦戦した理由もこの2つに分けられます。 |
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「循環要因」とは、流行を繰り返させる要因のことです。 「最近の若者のファッションは私が若いときのものに似ている」とか「今のヒットソングは○○年代に流行った曲のメロディと似ている」と感じたことのある人は多いはずです。 ここ数年カジュアルファッションが全盛でした。でも、最近のカジュアルウエアは小ぎれいなものが人気で、 エレガンスファッション復活の兆しが出ています。こうした変化も、私が若かったころから今までに何度も経験しています。 アイドルタレントだって、人気者が大勢出てくる年と、新人不作の年があります。つまり、アイドルブームは繰り返しています。 |
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それぞれのアイドルブームを比べても、子供っぽかったり胸が大きかったりと、その時々で人気のタイプが変わります。こうした違いも今までに何度も繰り返されてきました。
このような、流行を繰り返させる要因が「循環要因」です。 一方、「特定要因」は、トレンドを動かす原因のうち、循環要因以外のものをいいます。 これは、テレビやビデオの普及のように長い時間をかけた大きな動きであったり、オイルショックや戦争のように突発的な出来事であったりします。 繰り返さないのが特徴です。 先にあげた狂牛病は「特定要因」に属します。 |
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−トレンド予測 6段目− | |||||||||||||
狂牛病の牛が発見されたのは突発的な出来事です。いつまでも繰り返されたのではたまりません。循環しませんから「特定要因」です。 多くの人は流行を「特定要因」だけで説明しようとします。経済新聞やビジネス誌は必ずといってよいほど特定要因を強調します。焼き肉店や牛丼チェーンやハンバーガーショップなどが苦戦をしいられるようになったとき、その原因を狂牛病(BSE)だけのせいにしたのは、 その典型的な例です。 では、なぜ多くの人が特定要因で流行を説明するのでしょうか。その理由は、いたって簡単です。特定要因は目に見え、統計が取りやすく、しかもその後の動きを予測しやすいからです。 たとえば、経済成長とテレビの普及の関係は誰でも実感できましたし、テレビの普及率の推移は統計資料から知ることができます。 また、大家族制度が崩壊し、核家族や単身者が増えたことと、60年代から70年代にかけてホームドラマが人気になったことの関係は、誰にも理解しやすいです |
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見えるものだけで説明する
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し、 これもまた統計資料で確かめることができます。 日本のブロードバンド(高速伝送路)の普及は驚異的ですが、インターネットが、通信速度の遅い電話回線中心から、ブロードバンド中心に変わることは、以前から多くの人が予想していましたし、事実そのとおりになっています。 他にもいくつか例をあげましょう。「経済の高度成長による、 日本人の生活や意識の西欧化と、それが原因で起こった、自分は何者かと問う日本人論ブーム」「交通事故が急増したことや、ガンで死ぬ人が増えたことと、それを題材にしたフィクション、ノンフィクションの隆盛」「国内組み立て産業の衰退と、プラモデルの不振や理系離れ」「ヘッドホン、イヤホンの普及と、全国民的ヒットソングの喪失」「平均寿命の伸びなやみによる死亡者数の急増*2と葬斎場建設ブーム」……。 これらは、原因と結果が目に見えやすく、統計も取りやすいうえに、 結果も予測しやすいものでした。 一方これに対し、「循環要因」は見え |
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にくく、計りにくく、説明しにくく、 しかも先を読むことが困難です。そのため、多くの人は循環要因で説明することを避けようとします。
しかし、先に述べたように流行は、特定要因と循環要因の両方によって起こります。ですから、特定要因だけに目を向けていたのでは、流行の原因の一部しかわかりません。 狂牛病(BSE)の牛が国内にいると分かった2001年9月以降、牛丼チェーンやハンバーガーショップが大苦戦をしましたが、その原因は、事件に対して国民がショックを受けたからだけではありません。このことは、牛丼チェーンやハンバーガーショップが値下げ競争を展開した時期を考えればわかります。 値下げ競争は狂牛病が発覚する以前から行われていました。 マクドナルドが、平日に売るハンバーグを半額にしたのが、狂牛病発覚の前年の2000年2月です。吉野家が牛丼を400円から280円に値下げしたのが、やはり同じ年の10月です。狂牛病発覚は、その翌年の9月です。
このことはいったい何を意味するのでしょうか。それは、消費者が、狂牛病騒動以前に |
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すでに牛肉に飽きていたということです。 そのため、牛丼チェーンやハンバーガーショップの売上が頭打ちとなり、業績を打開しようと値下げに踏み切ったわけです。
とはいうものの、人間の行動には惰性や習慣性があります。そのため、牛肉に飽きたとはいえ、すぐに牛肉の消費を大きく減らすことはありません。特に食品は口に入れるものなので、消費者は保守的になりがちです。 しかし、消費者が牛肉に対して感じる魅力は着実に低下していました。けっきょく当時は、消費者が感じている魅力よりも牛肉が売れ過ぎていたことになります。 そこに狂牛病の発覚がありました。それがきっかけとなって、消費者が感じている魅力より売れていた分(惰性の売り上げ)が吹き飛ばされました。こうして消費者の牛肉離れが起きました。 狂牛病が恐いから牛肉が嫌いになったのではなくて、もともと牛肉に飽きていたから狂牛病があれほど騒がれたのです。 つまり、「牛肉に飽きた」という循環要因があり、そこに狂牛病という特定要因が加わって、牛肉離れが一気に進んだわけです。 |
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日本での狂牛病ショックの2年後に、アメリカでも狂牛病(BSE)の牛が見つかりましたが、
日本と違って牛肉離れは起きませんでした。消費量はむしろ増えました。当時のアメリカでは、高たんぱく低炭水化物ダイエットがブームで、肉をたくさん食べて炭水化物を減らせばやせると、多くの人が信じていました。みんなが肉食に魅力を感じている時に狂牛病が発見されたため、
消費の減退が起きませんでした。 この狂牛病に対する日米の関心の差は今日まで続いています。次の新聞記事をご覧ください。 「米政府のBSE対策に批判的な米大手消費者団体コンシューマーズ・ユニオンのマイケル・ハンセン氏は『米消費者の多くはBSEにあまり関心がないため、 米メディアの扱いも総じて地味だ』と指摘する。 だが『米国民の食の安全への関心は低いわけではない』(ハンセン氏)。例えば、すしブームでマグロの消費が急増する米国では、 大型魚介類の水銀汚染について 日本よりも関心が高い。 米食品医薬品局は妊婦に大型魚類の摂取量を抑えるよう、日本の厚生労働省よりも |
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早くから警告。シカゴ・トリビューンが昨年暮れにマグロの水銀汚染の大型の調査報道記事を掲載するなど、メディアの注目も高い。米食肉加工大手の幹部は『日本では、なぜ牛肉だけが突出して大きな問題になるのか』と嘆く」(日本経済新聞06年2月6日付7面13版より) 食の安全が脅かされているのは 牛肉だけではありません。なのに日本人が牛肉だけに関心を集中させたのは、BSE(牛海綿状脳症)がどうのこうのという話とは別な理由が働いています。 狂牛病ショックによく似たことは、過去にも起きています。 大阪万博の前の年、1969年に起こった「チクロショック」です。アメリカで、人口甘味料のチクロに発がん性の疑いがもたれました。それを受けて、日本の厚生省が製造販売を禁止しました。この時も、狂牛病ショックと同様で、死者が出たわけでもないのに大騒ぎになりました。 そのとばっちりで、「渡辺のジュースの素」で有名な渡辺製菓が倒産しています。 当時は、甘さの流行がどん底の時期でした。キャラメル、アメ、 かりんとう、甘納豆などの甘さの強い菓子がのきなみ苦戦して |
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いました。一方で「かっぱえびせん」や「カール*3」などのスナック菓子と呼ばれる新勢力が急拡大していました。砂糖相場は泥沼状態で、製糖会社はコスト割れに苦しんでいました。 甘い味は嫌われていたわけです。 だから、チクロはショックになりました。 ちなみに甘味料のチクロは、ヨーロッパでは今も使われています。あんなに大騒ぎするほどのことはなかったのです。 たとえば、あなたが恋人の前でオナラをしてしまい、もしも別れ話が出たなら、それはオナラが原因ではありません。 あなたがオナラをする前に、すでに恋人の心はあなたから離れています。 オナラは、別れたいという気持ちに気づかせ、実行させる役割をはたしただけです。 あなたの会社あるいは業界が苦戦していたとしたら、主力の商品の劣化が、見かけの数字以上に進んでいる可能性があります。ある事件をきっかけに、数字に反映されていない魅力の劣化が表に出てくるかもしれません。事件は必 |
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ずしも防げるとは限りませんから、そうならないための最善の策はヒット商品を出すことです。 (続く) *1 BSE 牛海綿状脳症の英語名、「Bovine Spongi Encephalopathy」の頭文字。狂牛病とも呼ばれた。 *2 …の急増 20年で1.4倍以上。 *3 カール 1968年発売。「スナック菓子」というコトバもこの商品から。 【関連サイト】 マクドナルドとペヤングに学ぶ「マスコミから面白がられない」方法 07/05/15転載 15/02/16最終更新 |
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目次 0 / 第1章 流行の原因には「特定要因」と「循環要因」の2つがある 1-1 / 1-2 / 1-3 / 1-4 / 第2章 「曲」と「直」で流行が変る 2-1 / 2-2 / 2-3 / 2-4 / 2-5 / 2-6 第3章 デザインの流行は「上比長」「下比長」に分かれる 3-1 / 3-2 / 3-3 / 3-4 / 3-5 / 3-6 / 3-7 第4章 「同一視」と「対立視」を知って流行を読む 4-1 / 4-2 / 4-3 / 4-4 / 4-5 / 4-6 第5章 「アリ型人間」と「キリギリス型人間」 は交互 に現れる 5-1 / 5-2 / 5-3 / 5-4 / 5-5 第6章 「エレガンス」と「カジュアル」もしくは「束縛」と 「自由」 6-1 / 6-2 / 6-3 / 6-4 / 6-5 / 6-6 / 6-7 / 6-8 第7章なぜ、まったく同じ流行が起きないのか(3つの理由) 7-1 / 7-2 / 7-3 / 7-4 「理詰めのトレンド予測 ウエブ版」1段目へ トップページへ |
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